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ゴキブリの幸福学

「恐竜になるな、ゴキブリになれ」

 

ある日突然、取引先の社長からそう言われた。

 

「社長、ゴキブリですか?」

 

「そうだ、ゴキブリだ」

 

カンカンに晴れた夏の午後。

 

温度計の針は30度を指していた。

 

僕らは打ち合わせを終え、神楽坂の路地裏にある蕎麦屋で、蕎麦をすすっていた。

 

社長は鼻の頭に浮かんだ汗を拭いてから、話を続けた。

 

「多少の才覚と時間があれば恐竜になることはできるだろう。恐竜になれば、たしかにしばらくは安泰だ。しかしな、ある日突然隕石が降ってきたら絶滅してしまう」

 

「ゴキブリってのはな石炭紀から生きてるんだ。恐竜が繁栄していたのが中生代だから、ゴキブリはそれより1億年も前からゴキブリとして生きてる。すごいと思わないか」

 

社長はまるで、自分がその時代を生きてきたような口ぶりで語る。

 

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「そうですね、すごい」

 

「人間にとっての幸せってのはな、自分が金持ちになることじゃない。末代までが幸せに暮らすことが本当の幸せなんだ。つまりお前の孫の孫の孫の孫の孫の孫の・・・」

 

「繁栄が長く続くってことですよね」

 

「そうだ。自分が金持ちになっても、孫の代が貧乏暮しだったら悲しいだろう」

 

「はい」

 

「しかしな、この話はそれでは終わらない。普通のやつはな“それじゃあ自分の一族が末代まで繁栄するようにしよう”と考える。普通のやつはな」

 

「普通のやつ」

 

「しかしな、俺は違う。俺は普通じゃない。普通じゃないから、そんなことでは満足しない。孫の孫の孫の孫の孫の友だちの友だちの友だちの友だちの友だちの妾までもが幸せになることまで考える」

 

「はあ、メカケですか」

 

「つまり、みんなの幸せを考えてるってことだ。ガッハッハッハッハ」

 

社長は食べ終わった蕎麦の器を横に寄せて、さらに話を続けた。

 

「いいか、磯川くん。欲を張るのはいいことだ。欲は神様が人間に与えたひとつの能力だからな。しかし、その欲を自分やその一族だけで留めようなんて、ケツの穴の小さいことを考えちゃいけない。欲を持つならでっかくもて。大欲ってやつだな。欲は小欲なら卑しいが、大欲は明るくていい」

 

「大欲と聞くと普通のやつは恐竜になることだと勘違いをする。それは違う。もし君が、大欲を持つならゴキブリになることを考えろ。逆なように思うかもしれんが、つまり大欲は時代をも超えるんだ」

 

「なるほど、大欲には時間軸という基準が加わると」

 

「そういうことだ。だから、しっかり欲を張れ。そして、その欲でみんなを幸せにすることを考えろ」

 

僕らは支払いを終えて、蕎麦屋を後にした。

 

祭りが近づいているのか、神社には行灯がかけられていた。

 

「じゃあな、お互いいいゴキブリになろう。ガッハッハッハッハ」

 

社長は豪快に笑いながらその大きな体を畳むようにして、タクシーに乗り込んだ。

 

僕は自分の店に向かって歩きながら恐竜とゴキブリの幸福について考えていた。