Startups&Books -起業と本

起業と本についてのWebマガジン

人生は短いからやりたいことはやったほうがいい

断言します。やりたいことはやったほうがいいです。

 

絶対死ぬ前に後悔します。

f:id:kinpiraninjin:20170816022001j:plain

▲北海道・糠平湖のタウシュベツ橋梁にて

 

手前味噌で恐縮ですが僕は16歳のときに高校を中退してからまさにやりたいことだけをやって生きてきました


www.isokawadaichi.com

 

まさか自分でもこんな人生を歩くはめになると思ってなかったんですが、性格的に嫌なことに我慢して取り組むことがまったくできないんですね。

 

なので、あくまでも「逆説的に」やりたいことだけをやる人生になってしまっているんです。

 

 

わがまま放題。人生放浪記

17歳---高校中退

実業家でもあった父の影響で小さい頃から「将来は俺も実業家になる」と思ってはいたものの、大学進学を目指して地元の進学校に入学。しかし、松下幸之助斎藤一人など歴代高額納税者の本を読んで「ああ、二人とも低学歴なんだ」と思い、高校を中退。すぐさま上京し、東京都江戸川区にあるちょっと変な本屋「読書のすすめ」で本のソムリエ・清水克衛に師事。丁稚奉公生活をはじめる。

 

丁稚(でっち)とは、商家に年季奉公する幼少の者を指す言葉。職人のもとでは弟子、子弟とも呼ばれる。江戸時代に特に多かった[1]。 現代でも一般社員(ヒラ社員)が自嘲的に「まだ丁稚です」と比喩的に使う事もある。上方ことばの丁稚に対して江戸言葉では「小僧」である。 引用 - Wikipedia

 

f:id:kinpiraninjin:20100512173600j:plain

 2年間お世話になった「読書のすすめ」

19歳---丁稚中退

「時代を代表するような大商人になる!」と意気込んで商売の修行に励んでいた丁稚時代に元春日大社宮司・葉室頼昭さんの本に出会う。そこで落語家・桂米朝や大阪フィル初代指揮者・朝比奈隆を知り、「芸人」の世界に憧れる。そこで、当初は3年という約束だった丁稚奉公を2年で辞め、帰郷。今度は「朝比奈隆のような大指揮者になる!」と音大入学を目指して通信制高校に入学。

 

葉室 賴昭(はむろ よりあき、1927年 - 2009年1月3日)は日本の宮司。 東京都に生まれた。公家の藤原藤原北家勧修寺流(藤原為房次男藤原顕隆が家祖)の流れを汲む伯爵葉室家[1]に生まれ、学習院に初等科から高等科まで通った[2]。大阪大学医学部を卒業後、勤務医を経て、形成外科医院を開業した。診療を続けながら通信教育で神職を勉強。神職の最高階位である明階を取得した[2]。神社庁の推薦を受けて平成4年(1992年)に東大阪市枚岡神社宮司に就任[2]。平成6年(1994年)8月、春日大社宮司に就任した[2]。平成20年(2008年)3月、春日大社宮司を退任[2]。翌21年(2009年)1月3日、肺炎で死去。 引用 - Wikipedia 

 

 

20歳---通信制高校中退

音楽大学入学のため、地元の飲食店でアルバイトをしながらお金を貯め、通信制高校に通うも「音楽家になるために、なぜ音楽大学を出る必要があるんだろう」という疑問が頭をもたげ、それ以降勉強に身が入らなくなる。そのときに人から「君は音楽よりも芝居の方がいい」と言われ、またもや高校中退。「島田正吾のような大役者になる!」と鼻息荒く再上京。

 

島田 正吾(しまだ しょうご、本名;服部 喜久太郎<はっとり きくたろう>、1905年12月13日 - 2004年11月26日)は、新国劇の俳優。横浜市生まれ。 引用 - Wikipedia 

 

21歳---再び帰郷

役者を目指し再上京するも、どこから手をつけたらよいのかもわからず、ただアルバイトに明け暮れる日々に心折れ、数ヶ月で帰郷。「次はちゃんと調べてから、上京しよう」と、高校の先輩が立ち上げた映像制作会社に勤め、地元の劇団に所属し舞台の経験を積みながら、再々上京の準備をするが・・・。

 

22歳---東日本大震災

2011年3月11日、東日本大震災。世界中を震撼させた大災害が起きる。北海道にいたものの、そのときのメディアや芸能界の動きをテレビやネットでみて「役者になっても結局、スポンサー企業の言いなりか」と思い、芝居熱が冷め上京計画を取り止める。「それじゃあ、自分が自分のスポンサーになろう」と再び実業家としての道を考えはじめる。

 

24歳---いわしくらぶ創業

映像制作会社に勤めながら、週末起業。学生時代からお世話になっていた地元の老舗喫茶店「DALTON(ドルトン)」の金曜日と土曜日の夜の時間帯を借りて、シーシャカフェ「いわしくらぶ」を創業。現在に至る。

 

f:id:kinpiraninjin:20170521050433j:plain

 

書くだけでも結構しんどい

はい、わがまま放題やってます、僕。高校中退から起業までのあいだに親にはもちろん、友人、先輩後輩、学校の先生だけでなく商いの先生である「読書のすすめ」清水店長にも、かなり迷惑をかけて生きてます。

 

当時は夢もコロコロ変わり、そのぶん目指す進路も大きく変わって、色んな人の期待を裏切って生きてきました。

 

正直にいうと、この記事では28歳の現在に至るまで仔細に書こうかと思ってたんですが、なんかもうダメです。書いてるだけでもつらい。ギブアップ(気が向いたら、また続きを書きます)。

 

だけど、やりたいことはやったほうがいい

そんな迷惑ばかりかけてきた自分ですが、それでもやっぱり「やってみたいな」と思ったことはやってみたほうがいい。だって、死ぬ間際のことを思い浮かべてみてください。

 

「ああ、〇したかったなあ・・・」

 

なんて思いながら、死ぬの嫌じゃないですか?僕は嫌です。仮にやってみて失敗したって、命までとられるわけじゃないんだから、まわりに多少の迷惑をかけたり反対されてでも、やりたいことがあるならやればいい。この話をすると、いつも思い出す言葉があります。

 

「あなたは他人に迷惑をかけて生きているのだから、他人のことも許してあげなさい」

 

人間は「オギャーッ!」と産声あげてこのかた、ただ生きているだけで誰かの迷惑になっているんだ、ということですね。たしかに、そうなんです。誰かにとってのハッピーは、誰かにとっての大迷惑なんです。

 

 

どうせ迷惑をかけないのが無理なら、自分が迷惑かけられたときに許せる人間になりましょうよ、と。そして、やりたいことはどんどんやっていきましょう。

 

「ああ、いろいろやったなあ。しんどかったけど、楽しかったなあ」

 

なんて言いながら、死ねたら最高です。

 

 

 

f:id:kinpiraninjin:20170815143622p:plain

オンラインサロン運営しています。商売や場作りに興味のある方はどうぞ。