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ママには聴こえない

「ねえ、ママ」

 

スコットがママを呼ぶ。ママはスコットに背を向けてキッチンに立っている。何かを作っているのかもしれない。しかし、スコットにはそのことはわからない。

 

「ねえ、ママってば」

 

ママは聞こえないのか、振り返ることなくそのまま何かの作業を続けていた。

 

スコットはスコットでキッチンへ行ってママに気づいてもらえばいいのに、そうはしない。

 

彼は諦めて外にでる。

 

二軒離れた隣に住んでいるミキに会うためだ。ミキもスコットと同じ五歳だ。

 

スコットはミキの家の玄関ではなく、窓を叩く。リビングと庭を繋ぐ大きな窓だ。

 

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「ねえ、ミキィィィィ(ドンドンドンドン)。おぉぉぉぉぉい(ドンドンドンドンドン)」

 

「・・・はーい」

 

ガラス窓の向こうから、ミキの甲高い声が聴こえた。スコットは安心した。

 

ミキがリビングの向こうからやってきた。いつものように金髪の髪を一つに縛っている。

 

「どうしたの、スコット」

 

「あそぼー!」スコットはほとんどミキの言葉を聞かずにミキを誘いだす。

 

ミキの後ろからミキのママがついてきて、リビングへ顔をだした。「道路へ飛び出すんじゃありませんよ」

 

ミキはママからの遠回しな許可をもらって、そのまま窓から外にでる。「わーい!」

 

「今日は何して遊ぶ?」ミキは尋ねる。

 

「そうだなあ。おままごとはどうだろう?」

 

「いいよ!」ミキの表情が明るくなる。おままごとに付き合ってくれる男の子はあまりいないのだ。

 

ミキは一度、家の中におままごとに使うための人形を取りにいく。その人形と一緒におもちゃの哺乳瓶とママからおままごと用に与えられているハンカチを持ってきた。スコットは庭の隅に置いてあるシートを持ち出して、それを芝の上に広げた。二人のおままごとがはじまる。

 

「ただいま」

 

「あなた、おかえりなさい」ミキはクマの人形に哺乳瓶をあてている。ママになっているのだ。「今日はどうだった?」

 

「うん、楽しかったよ」

 

「そう。それはよかったわねえ」

 

スコットがクマの人形を覗きこむ。「今日も元気そうだね」

 

クマの人形はいつもと同じようにつぶらな瞳から放たれるその視線を空に投げていた。

 

「ええ、イーサンはとても元気よ」

 

「そうか、それは何よりだ」スコットがネクタイを外す仕草をする。それは仕事帰りのスコットのパパがいつもやる仕草だ。

 

「子供をベッドで寝かせるわね」

 

「うん」

 

ミキはクマの人形を抱きかかえたまま、リビングルームへと向かった。おままごとの中では子供を寝かせる寝室はリビングルームにあるソファの上なのだ。

 

芝の上に敷いたマットの上でスコットは、ミキが戻るまで本を読んでいた。

 

「・・・そうだ、ママ?」

 

スコットは思い出したようにママ役のミキに声をかける。

 

五月の晴れた火曜日の午後。

 

空にはところどころに大きな雲が浮かび、陽光を投げたり貯めたりしていた。

 

「ママ?」

 

閑静な住宅街のなかでスコットの声はどこかの穴に落ちてしまったみたいに、消えた。

 

リビングルームにいるミキにその声は届かなかった。