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僕が本を読む理由

 

「大地さんってどうして本を読むんですか」

 

ある日、店のスタッフにそう聞かれた。

 

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本を読む理由

 

本を読む理由は?と問われたら、正直「たのしいから」と答える他ない。

 

知らない→本を読む→知る→たのしい

 

アホみたいな図式だけど、こんな感じ。

 

できなかったことができるようになるというのは楽しい。

 

子供のころ補助輪付きの自転車にしか乗れなかったのが、一所懸命に練習して補助輪なしの自転車に乗れるようになったときに感じた気持ちと同じだ。

 

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本を読むようになったきっかけ

 

思い返せば、僕が本を常習的に読むようになったのは中学3年のとき。

 

実家にあった本棚(そこに収められている本のほとんどは父親のものだった)から、気になった本を抜き取って、読むようになったのが始まり。

 

当時、実家の本棚にビートたけしの本が何冊か並んでいて「たけしって、こんなに本だしてるんだ」と、ぼくは面白がって読んでいた。

 

それから他の著者にも興味がわいて・・・と、なり本を読む習慣がついた。

 

高校生になって、僕は自分の小遣い(磯川家にはいわゆる「小遣い制度」はなく、実家の玄関を毎朝ほうきで掃いて、その対価として月3000円くらいをもらっていた)のなかから本を買うようになった。

 

当時は高橋歩とかそのへんの本を読んでいた。

 

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本の面白さ

 

学生だった当時の自分には「たった1500円払うだけ」で自分の生活圏に転がっていない情報を得られることが何より面白かった。

 

学校の先生からも聞かない、両親からも聞かない。たぶん、まわりの大人たちも知らない。

 

一冊の本をめくりながら、誰も知らない情報にたどり着けるってのは快感だった。

 

そのころにはもう家にパソコンがあったし、Google検索だってもちろんできたわけだけれども、それでもなぜか紙の本を選んだ。

 

紙の束を所有するってのが贅沢な感じがしてよかった。

 

本という名の紙の束を買い求め、それをめくるという行為は当時の僕にはとても悦楽的なものだった。

 

学生のころは悩みなんかなかったし。

 

そこでは著者と自分だけ、1対1の「ヒソヒソばなし」。

 

先生も親も介在しない。

 

小説、ハウツー本、図鑑、絵本、と関係なく、それをめくる行為はとても悦楽的な行為だった。

 

今はというと気持ちに余裕があって読むときもあれば、切羽詰まって読むときもある。

 

「助けてくれー!」

 

藁にもすがる思いで本をめくるときもある。 

 

楽しいとき、悲しいとき。

 

いずれにしても、本を読むのは楽しい。

 

僕が本を読む理由はたったひとつ。楽しいから。

 

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