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起業家の武者修行

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いわしくらぶ東京店がグランドオープンを迎えてから、今日で3ヶ月が経った。

あの時はまだ涼しかった東京も、さすがに暑い。

僕も暑い場所にいるのはそう苦手ではないので、毎日短パンとTシャツ姿でわりと気楽にやっている。

 

「これは武者修行だ」

その日もそんな格好で、いわしくらぶ東京店のカウンター席に腰をかけてパソコンをパタパタと叩いて仕事を進めていた。タスクはいくつかの事業に渡って山のように積み重なり、それらが重みのない重みで僕の精神に圧をかけている。

 

シャツに汗がにじむ。

外では蝉が鳴いている。

 

その時だった。僕の頭にこんな考えが頭に浮かぶ

「これは武者修行なんだ」

 

融通無碍、自由自在

人生山あり谷ありという言葉があるけれど、僕はその言葉を思い出すたびに作家・吉川英治の書いた「宮本武蔵」を思い出す。作中で描かれる宮本武蔵が京都の吉岡憲法一門70人を相手に繰り広げた「一乗寺下り松の決闘」を。

 

武蔵は襲いかかる70人の剣客を次々に斬り殺してゆく。まるで舞うように。そこには一分の迷いも隙もない。ただただ鮮やかに剣を躍らせる。いわゆる「自由自在」「融通無碍」の境地にいる武蔵をイメージしながら、その姿を自分と重ねる。

 

自由自在、融通無碍。

 

そうすることで、山のようなタスクを処理してゆく時間がまるでロールプレイングゲームのように思え、冷静に乗り越えることができる。

 

「これは武者修行だ。今の自分を鍛え、次のステップに進むための試練なんだ」

 

そう自分に言い聞かせる、夏の盛り。都内にあるこのシーシャカフェの隅っこで、東京での日々が自分にとってある意味の武者修行であることにはたと気づく。

 

いわしくらぶ北見店がオープンしたばかりの頃を思い出す。

 

選択の機会が多い街。東京。

東京ではあらゆることにおける選択の機会が多い。それはなぜか。人が多いからだ。

 

僕にアポをとって会いにきてくれる人の数も北海道のときに比べて多いし、逆に僕がアポをとって会いにいくべき人も多い。さらに一緒に働く仲間も多ければ、お客さんも多い。

 

それに伴って、その機会一つひとつに対して僕の対応や発する言葉の選択を迫られる機会が増える。正確なデータをとったわけではないけれど、僕の個人的な体感としてはそれは北海道にいた時の5倍だ。とにかく次から次へとタスクが降ってくる(ここまでくるとむしろ楽しい)。

 

北海道でもそこそこ忙しいと思って日々を過ごしていたけれど、今はその比ではない。だから当然のことながら、悠長に迷っている暇がない。

 

シーシャカフェの経営というのは、外からみると「のんびりやっている」ように見えるかもしれないが、じつはそうでもない。この記事にもあるように飲食店経営というのは、シンプルなようにみえてあらゆる能力を必要とされるため、決して「楽な商売」ではない。

gendai.ismedia.jp

 

ただシーシャ(水タバコ)を美味しく作れれば良い、という話ではない。シーシャの職人としての腕はもちろんだけど、商いの基本、経営のノウハウ、その他にもあらゆるスキルを求められる。

 

トライ&エラーを繰り返しながら

そして当然のことながら、それらの一つひとつのタスクと対峙してゆくなかで、成功もあり失敗もある。しかし仮に、成功をしたとしてもそれに気をとられている暇がない。やるべきことは次から次へと降ってくるのだ。

 

たとえ一つの成功もそんな環境のなかでは「数ある中のひとつ」であるし、失敗もまた「数ある中のひとつ」になってしまう。ぬか喜びもつかの間、「よし、じゃあ次!」という調子で数分後には次の施策に向けた準備に取り組んでいる自分がいる。

 

機会の多さは絶対的な善

この環境に身をおくことで、一つの真理を僕は得た。

その質の良し悪しはべつとして「機会が多い」ということは少なくとも自分を「鍛える」という意味においては絶対的な善だ。

 

演奏機会の少ないアマチュアのピアニストより、毎晩「本番」という名のステージをこなしてゆくプロのピアニストの腕が伸びる理由もここにある。僕らもトライ&エラーを、まるで365日ノンストップのメリーゴーランドように繰り返してゆく。

 

それを唯一止められる瞬間は眠っているときくらいだ。いや、もしかすると眠っているときでさえ回っているのかもしれない。

 

意思<環境

自分がまだ北海道にいるとき、都内に暮らす親しい友人から「自分を変えたければ環境を変えるのが最も効果的だ」という話を聞いたことがあるけれど、今ではその言葉の意味が実感としてわかる。

 

人を変えるのは意思の力ではなく、環境の力である。

意思の力はそこまで強くない。

 

東大に現役で入りたければ、開成高校灘高校に入ってしまえばいいだけの話だ。あくまでも東大に入りたければ、の話だけど。

 

そのくらい環境というのは人を変える。

 

この結果、自分がこの先どこにゆくのか今は皆目検討もつかないけれど、今はまだこの環境に身をおきながらトライ&エラーを繰り返してゆこうと考えている。

このメリーゴーランドに乗りながら、時の流れに身を任せてゆこう、と。

 

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▲noteでも書いてます