失恋について

羽を広げたら人の胴体くらいはある大きな蛾が僕の二の腕にとまった。僕は突然の出来事とその見たこともないような大きさに驚いて、慌ててそれを振り払った。朝6時。ずいぶんと変な夢で目が覚めた。そもそも夢をみた(覚えていた)ということそのものが、非常にめずらしい。子供の頃はよく明晰夢を楽しんでいたくせに、今の仕事をはじめてからは一切見なくなった。次の瞬間、頭のなかに突然ふたつの文字が浮かんだ。「ハセガワサヤカ・ヤマシタ」ハセガワサヤカ・・・ヤマシタ・・・・・・?どうしたんだろう。急にそのふた文字が頭のなかに入ってきた。誰かの名前のようだ。しかし、そんな名前の知り合いはいない。昨日どこかで目にしていた名前が無意識に放り込まれていたのだろうか。なぜか「ヤマシタ」の下の名前はでてこない。そして、どちらかというと僕は「ハセガワサヤカ」に感情移入している。ハセガワサヤカとヤマシタは並列した存在ではなく、どうやら対立した存在であるらしい。あくまでもハセガワサヤカが主役で、ヤマシタは端役なのだ。まあ、いいや。気のせいだろう。また寝てしまおう。そう思った瞬間、何かがまた私の意識を突っついた。「ネテハ・ダメ」寝てはいけない。誰かがどこかでそう言っている。僕はハセガワサヤカをヤマシタから救わなければならない。なぜかそんな考えに取り憑かれてしまったた。そこで僕は枕元にあったスマホを薄暗がりのなかで手繰り寄せて、その画面を目を細めながら睨みつけた。枕が邪魔して顔認証ができず、まだぼんやりとした意識のなかで012345とパスコードを打った。まずはハセガワサヤカが誰なのかを調べるためにGoogleで検索した。「ハセガワ サヤカ」「Sayaka Hasegawa」「長谷川 さやか」じつにさまざまなハセガワサヤカの情報が一覧となって表示された。当然だけれどヒントが足りなすぎて、僕の頭に突然やってきたハセガワサヤカが誰のことなのか特定できない。一応Facebookでも検索したが、ほとんど同じような状況が訪れただけだった。ヤマシタのことは調べるまでもない(ヤマシタという姓をもつ人はこの国には40万人いる)。スマホの画面の明るさに目が慣れてきたあたりで、そんなことを調べている自分がバカらしく思えて、そのまま気を失うようにして再び眠った。

 

(つづく・・・かはわからない)