苦しくも愉しい日々が続いている。あえていまの心境を語ろうとすれば、そんな言葉が頭に浮かぶ。考えてみれば苦しくない時期なんて、生きているうちにそうそうなかったような気もするし、そんな生活のなかにも、そんな苦しみを忘れてしまうほどの愉しみが自分の身を包んでくれる瞬間が必ずあった。
今日から西陣の拠点の準備がいよいよ佳境に入る。あの場所で準備をはじめてから、もう二年が経とうとしている。気がつけば僕たちは二年間も準備し続けていた。二転三転どころか四転も五転もした。これでいいのか?答えらしきものを見つけては自問自答。これまでとはまったく違ったことをやろうとしているものだから、なにが正解なのかわからない。でも、やっと答えにつながる紐の先が、かすかに見えてきたような気もする。
煙草や茶。それら嗜好品を通して自己と出逢う旅。案外、人は自分のことはじぶんではわからなくて、自分以外の何かを鏡とすることではじめてやっとその存在を知る。その鏡となりえるひとときを、嗜好品のいくつかに触れながら、腰を据えて味わい、肚で感じられる場としたい。名前は「落散 京都 -Ochill Kyoto-」。旅の始まりまで、あとすこし。