なまくさ修行日記

0556起床

0610坐禅

数息観がまだ慣れない。つい力んでしまう。買ったばかりの糊の効いた衣服を着ているようだ。それを着こなして柔らかくしていく作業だと思えば楽しい。

 

今日からこの日記のタイトルを『言訳過日(いいわけかじつ)』改め、『なまくさ修行日記』とした。その理由はいくつかある。一つは、この日記を閉じられたものでなく、もうすこし開いてみたいと思ったから。自分の生活や頭の中を今より少し開いてみて、どのような反応があるのか試してみたい。もう一つは、茶人としての自分を認めてみようと思ったから。正直、京都に引っ越してからは、なぜか茶人より僧侶に惹かれている。しかし、出家をするに踏み切れない今は「僧侶に憧れる茶人」という自分を認め、茶の湯にて己を掘り下げようと思い立った。いつまでも肚を決めず、ぷらぷらしているのは嫌だ。

 

「大地くんはすぐに楽な方に逃げるから」お茶の師匠・吉田宗看先生に言われたこと。「ものごとを浅くみない。深く見る癖をつけなさい。だから、稽古の最中は余計な考え事はしないこと。作務のときに考えごとをしたらいい。そして、坐るときは空っぽに」いま一度、新米茶人として褌を締めていこう。

 

6月16日から29日まで長いこと京都を離れていたけれど、そのおかげで改めて京都での生活がいまの自分にとっていかに大切なのかを知れた気がする。ひたすら修行に打ち込むべし。今はただシンプルに。ちゃんと生活をし、ちゃんと坐る。そして、毎日お点前。楽しもう。